「祐一さ〜ん、名雪〜〜、朝ご飯の時間よ〜〜」
秋子さんの呼び掛けに応えるかの様に目を覚ます。二度寝したので頭がズキズキする。こういう寝起きがイマイチな時は、好きなCDを聴いて気合を注入するのが一番だ。
「さてと、今日は何を聴くかな?」
暫くそう考えた後、そう言えば真琴のバッグにはジオンの紋章が刻まれていて財布は赤かったなと思い起こし、ガンダムの歌集に手を伸ばした。
「シャア!『見せてもらうか、連邦軍のMSの性能とやらを!!』……シャア! 『やってみるさ!!』……今はいいのさすべてを忘れて〜〜♪ 一人残った傷付いた俺が〜〜♪ この戦場で♪ あとに戻れば地獄に落ち〜〜る ♪ シャア! 『当たらなければ、どうといことはない!』……シャア!『ええい、連邦軍のMSはバケモノかっ!?』……」
色々あるガンダムの歌の中から「シャアが来る!」を選び、歌を聴きながら歌詞を口ずさむ。歌詞の途中にファースト、Ζのシャア台詞を織り交ぜながら熱唱し、気分はすこぶる良い。
「う〜〜。毎朝毎朝わたしの知らない歌、歌わないでよ〜〜」
案の定名雪がドア越しの抗議をして来たが、無視して歌いながらの着替えを始めた。
「……一人で死ぬかよ♪ 奴も奴も呼ぶ〜〜♪ 狙いさだめる♪ シャアがターゲット〜〜♪ シャアシャアシャア♪ 『まだだ! まだ終わらんよ!!』シャアシャアシャア♪ 『これが若さか……』……」
「人の話、聞いてる……?」
「勿論聞いているぞ。歌は良い、歌は心を満たしてくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。そう感じないか、水瀬名雪君?」
などと、最後のシ者の台詞で誤魔化しながら平然と着替えを続ける。
「祐一の場合、歌っているというよりはただ叫んでいるだけにしか聞こえないんだけど……」
「これがリン=ミンメイの歌か……。プロトカルチャー!!」
仕舞いにはミンメイの歌を聴いて文明開化を起こしたゼントランの気分になり、名雪の抗議を牽制した。
「イチゴサンデー……」
「えっ!?」
いつものように「わたしの知らない言葉ではぐらかさないでよ〜〜」と、反論でもして来るのかと身構えていたのだが……。予期せぬ反応を示した名雪に、俺は暫し呆然とした。
「毎朝一曲歌う毎に、イチゴサンデー一杯奢ってくれるなら別に歌っても構わないよ」
「……分かった。これからは歌わないようにする」
流石に毎日イチゴサンデーを奢っていては俺の財布が底を着く。何よりイチゴサンデーは生理的に受け付けない。
「着替えも終わったことだし、さっさと朝食を取るか」
そう言い、俺は部屋から出ようとした。
「……あっ、わたしの知っている歌だったら別に構わないよ。わたし、祐一の歌聞くの、嫌いじゃないし」
「何か言ったか?」
「ううん、別に……」
|
第八話「あゆと鯛燒き屋の小父さん」
「おはようございます、祐一さん。あの娘、きちんとご飯を食べたのね」
「おはようございます、秋子さん。ええ、昨日の晩お腹を空かして下に降りてきたのを見かけたので、その時に食べさせましたよ」
下に降りた直後、秋子さんに真琴のことを訊かれたので、俺は深夜の事の一部始終を話した。
「そうなんですか、あの娘は真琴って言うのね」
「ええ。ただ昨日の時点で確認できたのはそれだけで、どこの娘とかはさっはりです。詳しいことは後々ゆっくりと訊くつもりですけど」
「頼みましたよ、真琴ちゃんの家の方も心配しているでしょうし」
「諒解しました」
一通りの会釈を済まし、俺は朝食を取り始めた。
|
(はぁ……。帝都に居た時は今頃『ガサラキ』を見ていたのにな……)
朝食を取り終えた後、俺はそんなことを思いながら一人居間で物思いに深ける。正直これからTV東京のない日々に堪えられるのだろうかと思うと、多少ながらも不安になる。
(ま、それはこっちに来るって決まった時から覚悟の上か……)
無いものをねだっても仕方がないので、以後の日曜日、この時間帯は日テレ系の『ザ・サンデー』を見ることにした。そしてその後はいつも通り『サンデープロジェクト』を視聴する。今日は一郎党首が出演されたこともあり、なかなか見応えのある内容だった。
番組を見終わったら正午を差しかかったので、日曜くらい秋子さんの手を煩わせまいと、昼食を買いに商店街に出た。
|
「祐一くんっ!」
コンビニで昼食を買い終え店から出たら、俺を呼ぶ声が聞こえた。間違いない、赤い彗星のあゆだ。何故赤い彗星かと言うと、頭に付けているカチューシャが赤いし、背中の羽を羽ばたかせると、通常の3倍のスピードが出そうだからだ。
「祐一くん、祐一く〜〜ん」
手を振りながら俺に近づいて来るあゆ。しかし、案の上途中で足を滑らせ、頭から転倒した。
「うぐぅ〜〜、またぶつけたぁ〜〜」
「今のは俺のせいじゃないぞ」
「うぐぅ……」
「しかし、相変わらずのたい焼きだな……」
あゆは溢れんばかりのたい焼きを両手で抱えていた。そんなたい焼きを一人で食えるのかと呆れるばかりだ。
「毎回毎回そんなに買って、金は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。いつもタダでもらっているから」
「へっ!?」
今とてつもないことをさらっと言った気がして、俺は言葉を失った。
「たい焼き屋のおじさんがすっごく優しい人で、いつもボクがくださって言った数のたい焼きを、タダでくれるんだ!」
「……。あゆ、一緒に警察に行こうな。今ならまだ罪が軽いぞ」
「うぐっ? どうしてボクが警察に行かなくちゃいけないの?」
「あゆ、白を切るのは止めろ。窃盗罪に詐欺罪が重なると刑罰が重くなるぞ」
「サギは分かるけど、『せっとう』ってどういう鳥?」
こうまで往生際が悪いと、天然なのか確信犯なのか分からなくなる。
「いいか? これから分かり易く簡潔に喋るから、よく聞くんだぞ?」
「うんうん」
「食い逃げは犯罪だから大人しく牢獄にブチ込まれろ!!」
「うぐぅ、ヒドイよ祐一くん! ボク、食い逃げなんてしてないよ〜〜!!」
「嘘つけ! どこぞの世界にたい焼きをタダでくれる、気前がいいを通り越したただのバカがどこにいるっ!? お前は『ロマサガ2』の皇帝かっ!!」
「ホントだよ! ホントにタダでくれるんだよ!!」
涙目で必死に抗議するあゆ。ここまで真剣だと、あゆがとても嘘を吐いている様には見えない。
「分かった分かった。信じてやるよ」
「ホント? ありがとう祐一くん!」
これ以上涙目のあゆを見たくはないので、一応信じてやることにした。しかし、タダでたい焼きをくれるなんて酔狂なたい焼き屋の親父は、一体どういう人なんだろう。一度会ってみたいものだ。
「それより祐一君、何しているの?」
「昼食を買い終えたから、今から居候の家に帰宅する所だ」
「ふ〜〜ん。今から祐一くんの家に遊びに行っていいかな?」
あゆの質問に受け応えていると、突然そんな提案をされた。
「う〜ん、今日は昼食を食べ終わってから部屋の整理をする予定だしなぁ」
「そっか……」
「ま、別に整理が終わった後なら構わないけどな」
あゆが悲しそうな顔をするので、咄嗟にそう付け加えた。
「ありがとう祐一くん。でも、せっかくだからボクも祐一くんのお部屋の整理、手伝おうかな?」
「お前が手伝ってくれるのか?」
あゆが戦力になるかどうか不安はあったけど、今はネコの手も借りたい状況なので、快く手伝ってもらうことにした。
「うぐぅ〜、ボクがんばって祐一くんの役に立つよ!!」
「ついでだからこのまま俺の居候先の家に付いて行くか? その格好だと昼食もまだのようだし」
「うんっ、そうするよ」
あゆが付いて来ると言ったので、俺はあゆを引き連れて水瀬家へと帰宅した。
|
「ただいま〜〜」
「お帰りなさい、祐一さん」
家に帰宅すると玄関先で秋子さんが出迎えてくれた。
「あらっ、その娘は……!?」
秋子さんの視線があゆにいったかと思うと、突然秋子さんの顔がいつもの屈託のない笑顔から、狐につままれた様な顔へと変貌した。
「ウソ……そんな……」
「? どうしたんです? 秋子さん?」
普段何が起きても屈託のない笑顔を崩さないように見える秋子さんが、不安や途惑いが混じった顔であゆを見つめ続ける。こんな秋子さんの顔を見るのは初めてだ。
「こんにちは、秋子さん。祐一くんの居候先って、秋子さんのお家だったんだね」
「えっ!? あゆ、秋子さんと知り合いなのか?」
「うん。お母さんの友達で、昔何度か家に来たことがあるんだ」
「へぇ〜〜」
秋子さんとあゆが知り合いだなんて、意外と言えば意外だ。自分が考えているより世間は狭いものだと思うばかりだ。
「……ええ。こんにちは、あゆちゃん」
一タイミングずれて秋子さんがあゆに挨拶をした。その時の秋子さんの顔は、いつもの笑顔に戻っていた。
「あゆちゃん、良かったらお昼ご飯食べていかないかしら? あゆちゃんが良ければ私が腕によりをかけて作るわよ」
「えっ、ホント!? やったーー!」
秋子さんの手料理が食えると分かるや否や、あゆは大はしゃぎした。まったく、タダ飯に釣られるとは、現金な奴め。
「祐一さんはどうします?」
「えっ、俺は……」
自分で買って来たのを食べますって言おうと思ったけど、秋子さんが腕によりをかけて作ると言ったのだから、それを断るのも体裁が悪い。買って来たのはカップラーメンと肉まんだし、ラーメンは後日食べるとして、肉まんは真琴にあげるとしよう。
「ちょっと真琴の様子を見て来てから食べます」
そう言い、俺は真琴に肉まんを与えるべく2階へ昇って行った。
|
真琴の部屋に行くと、真琴はまだ寝たままだった。気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは忍びないので、そっと枕元に肉まんを置いて部屋を後にした。
階段を降り台所に近付くにつれ、楽しそうな談笑が聞こえて来る。声を聞く限り名雪も交じっているようだ。
「お前もあゆと知り合いだったんだな」
台所に着き、とても初対面とは思えないくらいあゆと打ち解けている名雪にそう訊ねた。
「うん。小学校の低学年の時クラスが同じだったし。確か、4年生の3学期が始まる前に引っ越したんだよね。こうして会うのは7年振りかな?」
名雪の話に寄れば、人の多い都会ならばいざ知らず、田舎ならば1学年1〜2クラスも当たり前。故に学年が同じならば例えクラスが違うとも知らない人はいないとのことだった。
その後は俺も交わり、会釈をしながらの楽しい昼食時は過ぎていった。
|
「さて、そろそろ始めるとするか」
昼食を取ってから30分程休んだ後、俺は部屋の整理を始めようと身体を動かし始めた。7日にタンスやらCDプレイヤーを運んで以来何一つ物を運んでいない。軽い物はあゆに運んでもらうとして、問題は一人で運べないような重いものだ。あゆや名雪では頼りなさそうだし、ここは男手を借りたい所だ。
「という訳で、済まないが俺の部屋の整理を手伝ってくれないか?」
俺は少しでも人材を集めるべく、名雪から電話番号を教えられて、達矢の家に電話をかけた。
「うん。良いけど今エロゲーやってる所だから、一発抜いたら行くね」
「冗談でも昼間っからそんなこと言うな!」
「アハハ、ゴメンゴメン」
何はともあれ達矢は快く手伝ってくれそうだ。しかし、達矢は見るからに貧弱で、とても一般的な男並みの戦力になるとは思えない。ここはもう少し力のありそうな者も必要だ。
そう思い、今度は潤の電話番号を名雪から訊いた。
「そういわれてもなー このあいだ ドタキャンされた ばかりだし……」
「そんなこと いわず ちょっとでいいから 手つだってくれよーー」
「では おまえが スーパーヒーロー作戦を 買ってくれるというのは どうだ? おまえが スーパーヒーロー作戦を 買ってくれたら かんがえよう」
「そんなもの 買ってやれるか!」
「したてにでれば いいきに なりおって しね!」
そんな会話の流れで潤には断られた。まあ、台詞の流れからして本気で怒っているなんてことはないから大丈夫だろう。しかし、潤がダメとなると他にアテがない。困ったものだ。
「あら、祐一さん。何か悩み事でもあるのかしら?」
「秋子さん! 実は……」
電話の周りで考え事をしながらウロウロしていると、秋子さんに声をかけられた。俺は悩んでいてもしょうがないと思い、秋子さんに相談してみた。
「そう、部屋の整理ね……。古河さんなら手伝ってくれそうだけど、声をかけてみる?」
「はい、お願いします」
古河さんという人がどんな人かは分からないけど、秋子さんの知人なのだから悪い人ではないだろう。そう思い、俺は秋子さんにお願いしてみた。
「手伝ってくれるらしいわ。良かったわね、祐一さん」
秋子さんが電話をかけたら、その古河さんという人は快く応じてくれたようだ。これで一安心だと、俺は達矢と古河さんが来るのを待ちつつ部屋の整理を開始したのだった。
|
「こんにちは〜〜」
「こんにちは、たっちゃん」
水瀬家を訪ねて来た達矢を、名雪が応対する。
「よお、達矢! 昼間っからエロゲーで一発抜いた感想はどうだった?」
「うん! やっぱり可愛い幼女を無理矢理縛って犯すのって最高だね!」
などと冗談だか本気だか分からない会釈をしつつ、達矢を家の奥へと招き入れた。
「とりあえず、次はこのガラスケースを上に運ぼうと思っているんだが、いけそうか?」
「う〜ん、微妙っぽいかも……」
やはり見た目通り、達矢は力仕事は不得手か。
「無理っぽいならいいぜ。古河さんって人が手伝いに来てくれるらしいし、重い物が無理っぽいならあゆみたく軽い物を運んでくれ」
「えっ!? あゆ……?」
俺がふとあゆの名を口にした瞬間、いつも朗らかな達矢の顔が突然、神妙と言うか、緊張した面持ちへと変化した。
「祐一く〜〜ん! 頼まれたダンボール箱、運び終わったよ〜〜」
そんな時、荷物を運び終えたあゆが二階から降りて来た。
「あっ! あ、あ、あ、あ……」
あゆの姿を見た達矢は、今度は妙な奇声を発し始めた。神妙な顔になったと思えば、今度は奇声を発する。全く持って面白い奴だ。
「あっ、ひょっとして達矢くん? ひさしぶりだね!!」
あゆは元気な声で達矢に挨拶をした。考えてみれば達矢も名雪やあゆと同じ小学校だったので、顔見知りなのは当然といえば当然だ。
「あ、え〜、その〜〜……。お、お久し振りです、月宮さん……」
「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ〜〜!」
「!? 僕、何か可笑しなこと言ったかな?」
「ぶっ! お、おかしいも何も、あゆに対して丁寧語ばかりか、ぶっはっは! 『月宮さん』はないだろ〜〜!! げじゃげじゃじゃ!! フヒフ」
ああ、可笑しい。こんな腹の底から笑えるギャグは何年振りに聞いたことか。あまりの可笑しさに思わずレイディバグを患ってしまった。
「うぐぅ。ボクのこと子供扱いする祐一くんより、よっぽどマシだよ!」
達矢のあゆに対する呼び方を笑ったつもりだったが、自分が子供扱いされたと思ったのか、あゆがヘソを曲げた。
「でも、月宮さんってのはちょっとはずかしいかな? せめて『あゆさん』ってよんでくれないかな?」
「それでも十分俺は腹の底から笑えるけどな」
「うぐぅ! 祐一くんはだまってて!」
「は、はい! 月宮さんがそうお望みであるのならば、以後はあゆさんとお呼びします!!」
そんなこんなの話で、以後達矢はあゆのことを「あゆさん」と呼ぶことが決まった。しかし、この達矢のあゆに対する態度。恋愛には疎い俺でも一発で分かった。
恐らく達矢にとってあゆは初恋の相手なのだろう。その初恋の相手と久々に再会を果たしたから、あんなに改まった態度を取ったのだろう。
あんなに子供っぽいあゆが初恋相手だなんて、随分な変わり者だな。と思いつつ、まるで小学生のような純愛の心を持っている達矢が微笑ましく映る。あゆの方は達矢のことをどう思っているかは分からないが、達矢を見ていると二人の恋仲を取り持ちたいと思ってしまう。
|
「よお、祐一、手伝いに来たぜ」
達矢が来たと思ったら、今度は潤が来た。
「おお友よ、来てくれるとは思わなかったぜ。来たついでなんだが、ひとっ走り『アニメージュ』を買いに行って来てくれないか?」
「おい! 来てすぐにそれはないだろ!」
折角来てくれた潤には申し訳ないが、もう人手は十分だ。正直顔も知らない古河さんに手伝ってもらうよりは、潤に手伝ってもらいたい所だ。けど、秋子さんに頼んでまで呼び寄せたのだから、もう人手は足りましたと、古河さんを追い返すわけにもいかない。
「ちっ、分かったよ。買って来てやるよ」
そう言い、潤はバイクを飛ばし街の方へ向かって行った。元々潤には買いに行くよう頼むつもりだったので、それはそれで改めて頼む手間が省けた。 |
「ちわ〜〜、古河パンで〜〜す」
潤がバイクで過ぎ去った十数分後、今いるメンバーで部屋の整理を続けていたら、ようやく古河さんが来たようだ。挨拶の仕方から言ってパン屋なのだろう。
「あら、こんにちは、古河さん」
「こんにちはっす、水瀬さん。いや〜〜、水瀬さんはいつ見てもお若くてお美しい。ウチの早苗には敵いませんがね」
古河さんという人がどんな人なのか気になり、玄関に出てみる。口に煙草をくわえ、見た目は30代前半の軽快な雰囲気の男性という感じだ。「ウチの早苗」という言葉から、恐らく既婚者なのだろう。雰囲気からはとても奥さんがいるようには見えないけど。
「わざわざすみませんね」
「いや、いいってことですよ。親戚の坊主が引っ越して来たはいいが、自分の持って来た荷物さえまともに運べない貧弱野郎で、お美しい水瀬さんがお困りのご様子とあれば、手伝おうしかないでしょ」
「俺は貧弱じゃないですよ!」
恐らく冗談で言ってるのだろうが、古河さんの言い方が気に障ったので、挨拶代わりに反論した。
「あん、見掛けねぇ顔だな? ああ、てめぇが引っ越して来た貧弱野郎のガキか」
「坊主ガキって、俺には相沢祐一っていう立派な名前があるんですよ」
「相沢祐一? そうか、てめぇが『祐一くん』か……。暫く見ねぇ内に随分と大きくなったな……」
俺が名前を喋った瞬間、古河さんは急に神妙そうな顔をしながら頭をかき始めた。暫く見ない内にって、古河さんは昔の俺にあったことがあるのか? そう思い記憶を辿ってみるが古河さんの顔は思い出せない。
「てめぇが祐一ってなら、確かに『貧弱野郎のガキ』は的外れだな、ひ弱な坊やの祐一くん」
「だから俺はガキでも坊やでもないですって!」
「俺はから見れば十分てめぇは小僧だよ」
確かに、古河さんよりは年下だけど、いくらなんでもガキやら小僧呼ばわりする所以はない。まったく、この人はどこまで俺を罵れば鬼が済むんだっ!
「ねえねえ、何をそんなにはしゃいでいるのかな?」
俺の怒鳴り声に反応してか、あゆが玄関先にひょっこり顔を出した。
「あっ、たい焼き屋のおじさん、こんにちはっ」
「ようっ、あゆ。今日のたい焼きはどうだった?」
「うん! いつも通りとってもおいしかったよ!」
「たい焼き屋のおじさん!? さっき自分で『古河パン』って言ってたじゃないですか!?」
「ああ。俺はパン焼く傍らたい焼きも焼いてるんだ。パンもたい焼きも焼くものには変わりねぇだろ?」
「変わりないって、全然違う食べ物な気がしますけど……」
例えば同じ焼きものでも、たこ焼きやお好み焼きを焼く傍らたい焼きを焼くというのはまだ分かる。実際にそういう飲食店はあるし、でも、パンとたい焼きを同時に焼いてるだなんて聞いたことがない。
「ねえ、たい焼き屋のおじさん、聞いてよ〜〜。祐一くんがね、ボクがおじさんからタダでもらったたい焼きを食い逃げしたって言うんだよ〜〜。それだけじゃなくて、大人しく牢屋に入れってまで」
「おお、そりゃ確かにヒドイな。冤罪も甚だしい。寧ろ小僧、てめぇがムショにぶち込まれろ。毎日早苗の焼いたパン差し入れてやるからよ」
「誰も刑務所なんかに入りませんよ! って、タダで貰ってるって話、本当だったんですか!?」
「ああ。いつもタダでやってるぜ!」
信じられない話だが、あゆにたい焼きをあげている本人が言っているのだから間違いはないのだろう。
「でも、どうしてタダなんかで?」
「あゆはウチのお得意様だからよ。だから、タダなんだよ」
確かにお得意様なら多少値下げをするということもあるだろう。でも、流石にタダであげるなんてはしないだろう。そんなことをしたら商売が成り立たない。
古河さんの真意は分からないが、もし本当にタダであげているなら、二人の間にはただのお得意様では済まない、深い関係があるのではないだろうか?
…第八話完
|
※後書き
| 改訂版第八話です。大体「Kanon傳」の第七話前半部に相当する回です。改訂前よりシャアネタが減りましたので、「シャア專用補完計畫」というそれなりに気に入っていたタイトルは変えました(笑)。
さて、今回パン屋を営んでいる傍らたい焼きも焼いているという設定で「CLANNAD」の秋生さんを登場させました。実は改訂版を書く際、あゆが「たい焼きを食い逃げしている」という原作設定から「たい焼きを買っている」と設定を変えたのはいいのですが、「じゃあ買うとしたら、その金はどこから来るんだろう?」と自ら考えた設定に疑問を持っていましたので。
当初は佐祐理さんの家から多額のお金を貰っていたという設定にしようと思いましたが、「CLANNAD」をクロスオーバーさせることを思いついた時点で、「たい焼きやのおじさんこと秋生さんからタダで貰っている」という設定にしました。
なんでタダであげているのかと言いますと、別に秋生さんが少女趣味だからなんてことはなく(笑)、ちゃんとした理由があります。その理由は作品の根底に関わりますので、話が終盤に差し掛かりましたなら追々話したいと思います。 |
九話へ
戻る